2026年2月28日に開戦した米・イスラエルによるイラン攻撃は、中東空域の閉鎖と原油価格の急騰を引き起こした。国会質疑での台湾有事をめぐるやり取りに反発した中国政府の渡航自粛勧告による中国人観光客の激減と合わせ、金沢のインバウンドは「二重危機」に直面している。兼六園の国籍別入園者データをもとに、国籍別の影響度と今後のシナリオを考察する。

2026年は、金沢のインバウンド産業にとって試練の年となりそうだ。2月28日に始まった米・イスラエルによるイラン攻撃は、中東の航空ハブを麻痺させ、原油価格を開戦前の約40%以上押し上げた。同時に、2025年11月の国会質疑における台湾有事をめぐるやり取りを口実に、中国政府が発出した渡航自粛勧告——いわゆる「限日令」——は、訪日中国人を60%近く減少させている。金沢のインバウンドは、地政学的リスクという、これまで想定されてこなかった変数に直面している。

1. 何が起きているのか——戦争の全体像

2026年2月28日、米国とイスラエルはイラン国内の複数の拠点に対し奇襲的な空爆を実施した。最高指導者ハメネイ師が殺害され、イランは弾道ミサイルとドローンによる報復を開始。イスラエルだけでなく、バーレーン、ヨルダン、クウェート、カタール、サウジアラビア、トルコ、UAEの米軍基地が攻撃対象となった。英国のキプロス・アクロティリ基地にもドローンが着弾している。

最も深刻なのはホルムズ海峡の事実上の封鎖である。世界の石油供給の約20%がこの海峡を通過しており、イラン革命防衛隊によるタンカー攻撃を受けて日本郵船・川崎汽船も通峡を停止した。原油価格はブレント基準で開戦前の約70ドルから一時120ドル近くまで急騰し、WTI先物も92〜96ドル台で推移している。

開戦からの航空便キャンセル数:46,000便以上

ドバイ、ドーハ、アブダビなど中東主要7空港で21,300便以上がキャンセル。世界全体では46,000便超に達し、一時的に世界の航空キャパシティの10%が消失した。パンデミック以来最大の航空混乱である。(出典:Flightradar24、Cirium)

2. 金沢インバウンドの現在地——2025年の国籍別ランキング

本稿では、筆者が運営する「金沢インバウンド動態レポート」に掲載している兼六園の国籍別入園者統計を基礎データとして使用する。兼六園は金沢を訪れるインバウンド観光客のほぼ全員が立ち寄る施設であり、195カ国の入園者データは、金沢全体のインバウンド動態を映す鏡と言ってよい。

2025年の国籍別ランキング上位8カ国は以下の通りである。

順位国籍2025年入園者前年比主要来日ルート
1🇹🇼 台湾129,432人-11%太平洋
2🇺🇸 アメリカ66,140人+23%太平洋
3🇮🇹 イタリア47,649人+16%中東ハブ経由
4🇨🇳 中国43,360人+45%直行・東アジア経由
5🇦🇺 オーストラリア34,049人+1%太平洋/一部中東経由
6🇪🇸 スペイン32,194人+26%中東ハブ経由
7🇫🇷 フランス30,893人+12%直行便/中東経由
8🇬🇧 イギリス25,569人+30%直行便/中東経由

注目すべきは、上位8カ国のうち欧州4カ国(イタリア・スペイン・フランス・イギリス)が合計136,305人で、1位の台湾(129,432人)を上回る規模を持つことだ。しかも、この4カ国は2025年にいずれも前年比2桁成長を記録しており、金沢のインバウンド成長を牽引してきたエンジンだった。イラン戦争はこのエンジンを直撃する。

3. 影響波及の3つの経路

イラン戦争が金沢のインバウンドに影響を及ぼす経路は、大きく3つに整理できる。

経路①:中東ハブの機能停止

ドバイ国際空港は世界最大の国際旅客空港であり、エミレーツ航空のハブである。ドーハ(カタール航空)、アブダビ(エティハド航空)とともに、欧州とアジアを結ぶ「空の十字路」として機能してきた。これらの空港が閉鎖・機能制限されたことで、欧州から日本への最も安価で便利なルートが消滅した。

岐阜県高山市では、イランへの攻撃後にイタリア人個人客から「ドバイ経由の飛行機が飛ばない」との問い合わせやキャンセルが発生しており、飛驒高山旅館ホテル協同組合によれば確認済みキャンセルは59件・360人超に上る。金沢は高山と「昇龍道」で直結しており、同様の影響が及んでいることは疑いない。

経路②:原油高→航空運賃の上昇

原油価格の急騰は航空運賃を直撃する。国際航空運送協会(IATA)は航空券価格が最大9%上昇する可能性を示唆している。実際には中東迂回ルートの採用に伴う飛行時間の延長もあり、欧州〜日本間の運賃は9%どころではない上昇を見せている。シドニー〜ロンドン間のエコノミー往復運賃はわずか2週間で80%以上高騰したとの分析もあり、同様のルート構造を持つ欧州〜日本線でも大幅な値上げが進行中である。

燃油サーチャージについても、2026年2〜3月の原油高が6〜7月分の改定に反映される見通しであり、夏以降の旅行コスト増は避けられない。

経路③:心理的萎縮と「日本=安全か?」という問い

トランプ大統領は日本を含む同盟国にホルムズ海峡の護衛艦派遣を要請しており、日本政府はテロの標的となるリスクを理由に慎重姿勢を示している。しかし、この報道自体が「日本も巻き込まれるのではないか」という心理的不安を海外の旅行者に与える。Japan Timesの報道では、中東情勢の悪化が日本のインバウンド旅行にも波及し始めていることが指摘されている。

「遠い国の戦争」は、航空ルートと原油という物理的チャンネルを通じて、金沢の旅館のフロントまで到達するのである。

4. 国籍別の影響度予測

以上の3経路を踏まえ、金沢の上位8カ国について2026年の影響度を予測する。なお、以下は兼六園入園者ベースの推定であり、正式な統計ではないことを付記する。

🔴 影響:甚大

国籍2025年影響度予測理由
🇮🇹 イタリア47,649人(3位)甚大▼30〜50%減中東ハブ経由率が極めて高く直行便なし。高山での大量キャンセルと同構造。桜シーズンの打撃が深刻。
🇨🇳 中国43,360人(4位)甚大(別因)▼50〜60%減国会質疑での台湾有事答弁を口実とした中国政府の「限日令」が主因。12月-45%、1月-60%と加速中。中国側の政治的意図が支配的。
🇪🇸 スペイン32,194人(6位)甚大▼25〜45%減イタリアと同構造。日本への直行便なし、中東ハブ依存度高い。2025年の+26%成長が反転。

🟡 影響:中〜大

国籍2025年影響度予測理由
🇬🇧 イギリス25,569人(8位)▼20〜35%減直行便(JAL/BA)はあるが、キプロス基地へのドローン攻撃で英国自体が紛争に間接関与。安全意識の高まりで旅行控え。
🇫🇷 フランス30,893人(7位)中〜大▼15〜30%減パリ直行便(JAL/ANA)があり中東依存度はイタリアより低い。ただしLCC・格安乗継便利用者は中東経由。運賃上昇の影響は全面的。
🇦🇺 豪州34,049人(5位)中程度▼5〜15%減太平洋路線がメインだが中東経由利用者もいる。2025年が+1%と既に成熟しており大幅減は限定的。

🟢 影響:軽微

国籍2025年影響度予測理由
🇹🇼 台湾129,432人(1位)軽微▼5〜10%減太平洋路線で来日。中東情勢の直接影響なし。2025年の-11%は円安メリット一巡とリピーター飽和が主因。燃油サーチャージ増の間接影響のみ。
🇺🇸 アメリカ66,140人(2位)軽微〜中▼5%〜±0%太平洋路線で中東ハブ問題は無関係。ただし戦争当事国としての景気不透明感。円安が相殺要因。

5. 欧州4カ国問題——金沢特有の構造的脆弱性

欧州4カ国の合計は台湾を超える——136,305人

金沢のインバウンドは全国平均と比べて欧州比率が際立って高い。これは金沢が「日本の伝統文化」を前面に出したブランディングに成功し、文化的関心の高い欧州の個人旅行者(FIT)を惹きつけてきた結果である。高山→白川郷→金沢というゴールデンルートは欧州ガイドブックの定番であり、ミシュランの三ツ星評価が兼六園と白川郷に与えられていることも大きい。

しかし、この成功が今、構造的脆弱性として顕在化している。欧州からの来訪者の多くがドバイ・ドーハ・アブダビ経由のフライトに依存しており、中東ハブの閉鎖はこの供給パイプラインそのものを断つことを意味する。京都・大阪・東京といった大都市は多様な国籍からの来訪者でリスクが分散されているが、金沢は欧州集中が高いぶん、打撃が相対的に大きくなる。

高山市の事例は示唆的だ。同市では2025年に外国人宿泊客約98万人のうち、中東経由で来日する欧州観光客が約22万人に達していた。金沢の規模は高山より小さいが、構造は同じである。春の高山祭りと並んで、4月の金沢の桜シーズンは欧州客にとって最大のハイシーズンであり、ここへの直撃は年間を通じたインバウンド収入に大きな影を落とす。

6. 3つのシナリオ

今後の展開は極めて不透明であり、戦争の帰結によって金沢のインバウンドへの影響は大きく異なる。ここでは3つのシナリオを提示する。

🟢 シナリオA:短期終結(4月中に停戦)

中東ハブが5〜6月に段階的に再開し、欧州客は夏以降に回復。桜シーズンの損失は取り戻せないが、秋の紅葉シーズンでは需要が戻る。年間ベースでの金沢インバウンド減少幅は-15%〜-20%程度に留まる。中国人減少は政治要因のため、このシナリオでも回復しない。

ただし、原油価格は戦前水準にはすぐに戻らず、燃油サーチャージの高止まりが夏以降の回復を鈍らせる可能性がある。6〜7月のサーチャージ改定には2〜3月の原油急騰が反映されるため、停戦しても旅行者のコスト負担は半年程度続く。

🟡 シナリオB:長期化(夏まで継続)

欧州客の桜・GW需要は壊滅。夏休みシーズンも回復せず、年間ベースで-30%超の減少。原油高の二次効果としてガソリン価格が200円/Lを超え、国内の物価上昇→消費マインド低下→日本人観光客の減少という連鎖も発生する。

JTBが戦前に予測していた2026年の訪日外国人4,140万人という数字は大幅に下振れし、全国ベースでも3,000万人台半ばまで落ち込む可能性がある。金沢への影響は全国平均より大きい(欧州比率の高さゆえ)。宿泊施設の稼働率低下と、それに伴う人件費負担が地域経済を圧迫する。

🔴 シナリオC:エスカレーション(ホルムズ完全封鎖の長期化)

日本の原油輸入の90%以上が中東に依存しており、ホルムズ海峡の長期封鎖は日本経済そのものを揺るがす。国内備蓄は248日分あるが、消費を抑制しなければ持たない。Bloombergは日本がスタグフレーション(インフレと景気停滞の併存)に陥るリスクを指摘している。

このシナリオでは「インバウンド」という個別テーマを超え、エネルギー安全保障と国民生活の問題となる。金沢のインバウンド減少は-40%超も視野に入り、地域の観光産業は2020年のコロナ禍に匹敵する打撃を受ける。

7. 金沢はどう動くべきか

危機は常に構造の弱点を露呈させる。今回の二重危機が示しているのは、金沢のインバウンドが「中国+欧州」に過度に依存してきたという構造的偏りである。いずれも地政学リスクによって一夜にして途絶しうるマーケットであり、リスク分散が不十分だったと言わざるを得ない。

いずれのシナリオでも共通する構造変化は、「太平洋路線の相対的重要性の高まり」である。台湾・韓国・東南アジア・北米は中東ハブに依存せず、金沢へのアクセスも小松空港や成田・羽田経由で安定している。短期的にはこれらの市場への集中的なプロモーションが現実的な対策となる。

中長期的には、以下の方向性が考えられる。

第一に、東南アジア市場の本格開拓。タイ・ベトナム・フィリピンからの訪日客は増加傾向にあり、LCCの路線拡充も進んでいる。金沢の「伝統文化×食」というブランドはアジア圏でも訴求力がある。北陸新幹線の敦賀延伸(2024年3月開業)により関西国際空港からのアクセスも改善されており、関空発の東南アジア路線を活用する戦略が有効だ。

第二に、北米市場の深耕。アメリカは2025年に+23%と金沢で最も勢いのある市場であり、太平洋路線で中東リスクとは無縁である。FRBの利下げサイクル入りが遅れても、円安が続く限り日本の価格競争力は維持される。富裕層向けの文化体験プログラム(茶道・金箔・九谷焼など)の充実が鍵となる。

第三に、危機の「逆利用」。欧州客の減少はオーバーツーリズムの緩和を意味する。兼六園や東茶屋街の混雑が緩和されれば、国内旅行者の回帰を促す好機でもある。マーケティングセンターの調査では、外国人観光客の増加を理由に国内旅行を控える日本人が8%存在する。この層の取り込みは、インバウンド減少を一部補填しうる。

2026年は、金沢の観光産業にとって、成長一辺倒の時代が終わり、リスク管理と市場多角化が問われる転換期となる。兼六園の入園者データが示す195カ国という多様性は、本来ならばリスク分散の基盤となるべきものだ。特定の国・地域への依存を見直し、その多様性を真の強靭性に変えていく取り組みが、今ほど求められている時はない。


データ出典・参考

兼六園国籍別入園者統計:金沢インバウンド動態レポート(筆者運営)
イラン戦争の経済的影響:Wikipedia「Economic impact of the 2026 Iran war」
航空便キャンセル数:Flightradar24(Japan Times 2026年3月4日付引用)、Cirium(Japan Times 2026年3月12日付引用)
中国人観光客動向:日本政府観光局(JNTO)月次統計、日本経済新聞
高山市キャンセル状況:毎日新聞 2026年3月報道
原油価格・燃油サーチャージ:Bloomberg、日本経済新聞、Trading Economics
航空運賃見通し:IATA(Bloomberg 2026年3月12日付引用)

※本稿は2026年3月19日時点の情報に基づく分析であり、情勢の変化により予測は大きく変動する