混沌の正体:カオスなマーケットの正体は何か。境界線なき「布の迷宮」そこには衣類のベールというガチャの世界が存在していた。

混沌の正体:カオスなマーケットの正体は何か。境界線なき「布の迷宮」そこには衣類のベールというガチャの世界が存在していた。

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旅の記憶を辿ると、大体は混沌としたカオスなマーケットの記憶に行き着く。そういうマーケットは大体が本当に売れるのか?誰が買うのか?という謎の服屋が多い。調べていくとこの服の正体が少しずつ明らかになり、数千キロの旅を経てきた古着たちの、洗剤と排気ガスと欲望が混ざり合った、いわば「グローバル資本主義」の正体が見えてくるから面白い。

ネパールの古都パタン、マンガル・バザール(Mangal Bazaar)。中世から続く赤茶けた寺院の階段を埋め尽くすのは、祈りを捧げる人々…ではなく、蛍光色のナイロンウェアや「どこかで見たようなロゴ」「いや、ニセモノ?」が踊るTシャツの山だ。神々の足元で、ポリコットン製の流行が1ルピー単位で取引されている。

インドネシア・ジャカルタ・タナアバン市場に一歩足を踏み入れると、そこは日常の空間概念が通用しない、一種の異世界。 巨大なベールを担いだ運び屋たちが、迷路のような路地を縫うように疾走し、歩行者を圧倒する。視界に入るのは人影よりも膨大なベールの山。ここでは人間よりも「商品としてのベール」が空間の主役だと感じる。

そしてタイ・バンコクのプラトゥーナーム(Pratunam)。高層ビルの合間に、ビニール袋に詰め込まれた「服の細胞」がぎっしりと詰まっている。まさにこれらのマーケットは「衣類のカオスの震源地」としか思えない風景が広がっている。

アジアの衣類市場だけが「混沌」なのだろうか。調べていくとそこには、残酷で、かつ生命力に満ちたカオスの正体、混沌の震源地が明らかになってきた。

ネパール:マンガル・バザール(Mangal Bazaar)の雑踏。ほとんどが衣類屋で混沌としている
ネパール:ベールを解いて服のガチャ山となっているマーケット。カオスの正体だ
インドネシア・ジャカルタ・タナアバン市場:ベールを開いて販売しているのか、とにかく服屋が多い
インドネシア・ジャカルタ・タナアバン市場:服の販売業者が多いと必然とマネキン屋も多いから面白い
タイ・バンコク プラトゥーナーム:本当に販売しているのか、どうやってビジネスが成り立っているのかわからない数の服屋が立ち並ぶ
タイ・バンコク プラトゥーナーム:大きなビルに囲まれた一角にあるこの市場

1. 混沌の源流:世界から届く「謎の立方体」

市場を埋め尽くすあの「服の山」は、空から降ってくるわけではない。その源流にあるのが、「ベール(Bale)」と呼ばれる、布のブロックだ。聞いたことがあるだろうか?ベールという布の塊のことを。

日本、アメリカ、欧州。先進国で「誰かの日常」だった服たちは、回収され、巨大なプレス機でガチガチに圧縮され、輸送効率を極限まで高めるために容積を削られたその姿は、「布でできた巨大なサイコロ」となる。重さは一つ45kg〜100kg。これがコンテナ単位でアジアの港へと流れ込み、混沌の最小単位となる。

この「謎の立方体」は、一体どれほどの規模で動いているのか。国連の貿易統計などを見ると、その圧倒的な流動の背景が浮かび上がる。

インドネシア・ジャカルタ・タナアバン市場:道路を埋め尽くす大量のベール。このあたりは卸売業が多いようだ
インドネシア・ジャカルタ・タナアバン市場:トラックからベールを下ろすところなのか、ベールを販売しているところなのだろうか

世界の古着輸出の「源流」

世界の古着輸出量は、年間で約500万トン。天文学的な数の「お下がり」が地球を駆け巡っているのである。数字を見てみると

  • 1位:アメリカ(約80万トン): 世界最大の「クローゼットの掃除屋」。
  • 2位:ドイツ(約50万トン): 欧州のハブ。
  • 日本(約25万トン): 実は日本も有力な供給元。主にマレーシアやフィリピンへ「質の高いカオス」を送り出している。

※ UN Comtrade / World Bank WITS (世界統合貿易ソリューション): 世界中の「HSコード:6309(古着・使い古したテキスタイル製品)」の年間輸出量より

実はベールの規制をしているインドネシア

特にインドネシアなどの市場がこれほどまでに濃密なカオスを形成するのは、「輸入規制と需要のせめぎ合い」があるからだ。

例えばインドネシアは、国内産業保護のために古着輸入を公式には「禁止」している。しかし、民衆の「安くて良い服が欲しい」という欲望は止められない。その結果、ベールは不透明なアンダーグラウンドな経路で流れ込み続ける。

公的な管理が届かない場所で、爆発的な需要だけが膨らむ。そのひずみが「衣類の迷路」や「闇市のような密集度」を加速させ、あの独特の混沌を醸成している一面がある。

※ 貿易相令 2022年第40号 (Permendag No. 40 Tahun 2022): 2021年の第18号を改正「輸入が禁止される物品」のリストに古着(HSコード 6309.00.00)が含まれている。

2. 熱狂の引き金:人生を賭けた「巨大なガチャ」

市場に漂うあのヒリつくような熱気。その正体は、ベールの販売形態にある。

商人は、中身が見えないベールを「塊ごと」買い取る。紐を切るまで、中にお宝ブランドが入っているか、あるいはボロボロのゴミばかりかは分からない。

  • 開封の儀(Unbaling): 店先でベールの紐がバチンと切られる瞬間、圧縮されていた数千着の服が、まるで生き物のようにドサリと溢れ出す。これは完全にガチャだ。
  • 物理的な争奪戦: その瞬間、良い品を掴もうとする客たちが一斉に群がり、人の渦ができる。やっぱりガチャだ。

これはもはや商売ではない。「人生を賭けた物理的なガチャ」だ。この「一攫千金を狙う殺気」が、市場に独特の渦を作り出している。

3. 「死んだ白人の服」:文脈のミスマッチが脳をバグらせる

アフリカやアジアの一部では、これらの古着を「死んだ白人の服」と呼ぶ文化がある。

「これほど大量に、かつ安価に服を手放すのは、持ち主が死んだからに違いない」という、現地の人のブラックユーモア混じりの比喩だ。

ここには、脳をバグらせる「視覚的違和感」がある。赤道直下のジャカルタやマニラの市場に、北欧や日本から届いた「重厚なダウンジャケット」が山積みになる。「気温35度の中で売られる、マイナス10度用の毛皮」。この場所と文脈のミスマッチが、私たちの脳に「カオス」という強烈な信号を送ってくる。滑稽で面白い。

4. 世界の「混沌」を巡る:カオス・マーケット・ガイド

このカオスなガチャ、カオスの震源地となっている衣類マーケットはアジアだけの局所的な現象ではない。世界には、私たちのクローゼットから溢れ出した「かつての日常」が、ベールという形をとって辿り着く「地球の吹き溜まり」がいくつも存在する。

それはもはや単なる買い物スポットではない。整理整頓されたガイドブックの裏側に広がる、世界の剥き出しの胃袋を覗き見るような体験。これは「グランドツアー」です。もしあなたが、アルゴリズムが推奨する観光地ではなく、生命の鼓動そのものが衝突する場所を歩きたいと思うなら、以下のリストを旅の参考にしてほしい。

地域市場名都市・国混沌の正体(見どころ)
アジアパサール・セネンジャカルタ(インドネシア)規制をすり抜けて届くベールが「壁」を作る、迷路のような密集度。
タナ・アバンジャカルタ(インドネシア)ポーターが人の波を裂く「物流の激流」。もはや物理的なスポーツの域。
プラトゥーナームバンコク(タイ)高層ビルの合間を埋め尽くす「垂直の衣類迷宮」。
ディビソリアマニラ(フィリピン)路上と店舗の境界が消失。熱気に包まれた「ウカイウカイ」の熱狂。
サロジニ・ナガルデリー(インド)欧米のB級品が山をなす、色彩と偽ブランドの暴力。
マンガル・バザールパタン(ネパール)寺院の石段が売り場に。神像とナイロンが同居する「聖と俗」の混濁。
アフリカカンタマントアクラ(ガーナ)世界最大級の終着駅。 毎週1,500万着が届く圧倒的な物量。度重なる火災に見舞われながらも、灰の中から立ち上がる商魂と過酷な現実が同居する場所。
南米16・デ・フリオエル・アルト(ボリビア)標高4,000mの空の下。坂道に沿って延々と続くベールの山。

さいごに

旅に出る際、自分なりの「テーマ」を持つと、見慣れた景色は一気に立体的な広がりを見せ始める。 私は旅先で必ず地元のマーケットに足を運ぶことにしているが、最も心が騒ぎ、アドレナリンが噴き出すのは、決まってあの制御不能な混沌(カオス)が支配する場所だ。整然とした観光地では決して味わえない、剥き出しの生命力。そして今回、その熱狂の震源地には「衣類のリサイクル」という巨大な地球規模のシステム、そして「ベール」という不確実なガチャの世界が存在することを知っていただけただろうか。

ここでこの記事で書いた文字を思い出してほしい。 「これほど大量に、かつ安価に服を手放すのは、持ち主が死んだからに違いない」という、現地の人のブラックユーモア混じりの比喩。そして、店先でベールの紐がバチンと切られる「開封の儀(Unbaling)」の瞬間、圧縮されていた数千着の服がまるで生き物のようにドサリと溢れ出し、良い品を掴もうとする客たちが一斉に群がり、人の渦ができる争奪戦。

カオスの正体は実はガチャなのかもしれない。

その熱狂を目の当たりにしたとき、私たちは単なる「消費者」から、一歩深い場所へ足を踏み入れる。 必死に服を掘り起こす人々の眼差しや、一喜一憂する商人の背中。そこには、ただの商売を超えた「生きるための切実な感情」が渦巻いている。私たちが無造作に手放した服が、ある場所では誰かの人生を賭けたギャンブルになり、またある場所では「死」を連想させるほどの圧倒的な物量として生活を侵食している。

その光景に触れるとき、私はいつも、世界の複雑な裏側を少しだけ覗き見たような、不思議な納得感と高揚感に包まれる。もしあなたが、いつもの用意された旅に飽きたなら。 世界の衣類のマーケットを旅することをお勧めしたい。

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