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観光という行為自体は古い。巡礼も、湯治も、参勤交代の見物も、遠くの土地を訪ねるという意味では同じ系譜に属している。だから「観光は昔からある」と言われれば、その通りだと思う。
ただ、いま街に溢れている観光の姿は、同じ名前を借りているだけで、仕組みとしては別物だと感じる。観光はデジタル化によって「便利になった」のではなく、成立条件が作り替えられた。観光のOSが入れ替わった、と言った方が近い。昔の観光が紙と対面と電話で回る世界だとすると、現代の観光はネットワークとプラットフォームとアルゴリズムで回る世界だ。そこに産業としての断絶がある。
観光のOSがスマホになったという決定的な変化
現代の旅は、スマホがないと不可能ではないが、成立しにくい。スマホは単なる便利道具ではなく、旅の前提を支えるインフラになった。
まず「いつでもオンライン」だ。旅先で情報が欠ける時間が減った。昔は、駅に着いた瞬間から情報が途切れ、勘と会話と現地の看板だけで次の行動を決める時間があった。いまは違う。駅に降りた瞬間に、地図、ルート、混雑、レビュー、営業時間、チケットの在庫まで手元に揃う。情報不足の不安が減り、その分だけ行動が容易になる。
地図も革命だ。紙の地図は、読み慣れていないと「いま自分がどこにいるか」を確定できない。自分がどこにいるかが確定できないと、次の一手が打てない。スマホ地図は、その初手を自動化した。現在地が点で示され、進むべき方向が矢印で示される。たったそれだけで、旅のエネルギー消費が変わる。迷わないから疲れない。疲れないから歩ける。歩けるから、観光地の外側にまで足が伸びる。旅の半径が広がる。
そしてローミングやeSIMの普及が、スマホの価値を完成させた。通信が繋がる前提で旅を設計できる国が増えた。通信が繋がるということは、迷子にならないということでもあり、詰む可能性が下がるということでもある。旅のリスクが薄まる。結果として「旅に出る」という意思決定自体が軽くなる。
ここで重要なのは、旅が「経験」ではなく「システム」で支えられる割合が増えたという点だ。旅が個人のサバイバル技能から解放され、一般化した。
- 常時オンライン: 情報の欠落が消え、不安が解消されたことで、旅人の行動が容易になった。
- 地図の自動化: 現在地と方向の可視化により、「迷う」ストレス(エネルギー消費)を激減させ、旅の半径を拡張した。
- 通信の安定: eSIM等の普及で旅のリスクが低下し、旅が個人の「サバイバル技能」から「誰でも使えるシステム」へ一般化した。

予約の民主化が起き、旅の流通が変わった
次に大きいのが予約だ。OTAの登場で、世界中のホテルが、個人のスマホから直接予約できるようになった。これは単に旅行会社を介さなくなった、という話にとどまらない。
昔の旅は、パッケージや旅行代理店のカタログが「旅の候補」を規定していた。つまり供給側が提示した枠の中から選んでいた。いまは逆で、検索窓に日付と場所を入れると、在庫が一覧で出てくる。旅は商品棚から買うものになった。供給者と旅行者がプラットフォーム上で直結する。旅行の流通経路が根本的に変わった。
同じことがチケットにも起きた。美術館、遺跡、鉄道、長距離バス、人気観光地の入場。オンライン予約が当たり前になると、旅は「現地に行ってから考える」ものではなく、「行く前に枠を確保する」ものになる。人気スポットは時間指定になり、売り切れが発生し、旅の組み立てがより工学的になる。旅が予定表に近づく。
現地ツアーも同じだ。以前なら、現地で客引きやホテルの掲示板、旅行者同士の口コミで探していたものが、いまは検索とレビューで買える。ここで起きているのは、体験の標準化だと思う。写真、所要時間、集合場所、言語対応、キャンセル規定。体験が「仕様書」を持ち始める。旅の不確実性が減り、当たり外れも減る。その代わり、偶然の濃度も薄まる。
つまり、観光は人間の交渉や勘で成立する世界から、プラットフォームで成立する世界へ移った。これはもう産業の形が違う。
- OTAの台頭: 供給者(ホテル等)と旅行者が直結し、旅は「カタログから選ぶ」ものから「在庫から直接買う」ものへ変わった。
- 旅の工学化: オンライン予約の必須化により、旅は「現地で考える」ものではなく、事前に枠を確保する「予定表の消化(工学的な組み立て)」に変質した。
- 体験の標準化: 現地ツアーが可視化・スペック化され、不確実性が減った代わりに「偶然性」が薄まった。
移動と決済が軽くなり、旅の敷居が消えた
旅を難しくしていたものは何か。意外に「移動」と「支払い」だったと思う。現地の移動手段が分からない。タクシーの乗り方や相場が分からない。言葉が通じない。現金が必要なのに両替が面倒。こういう摩擦が積み重なると、旅は途端に体力勝負になる。
ライドシェアは、その摩擦を一気に削った。行き先を口で説明する必要がなくなり、値段交渉もいらない。知らない街で「乗ってはいけないタクシー」を見分けるゲームから降りられる。夜の移動や郊外の移動が現実的になる。結果として、旅の行動範囲が広がる。
決済も同じだ。クレジットカードが普及し、キャッシュレスが進み、さらにWiseのような仕組みで現地ATMから現金を引き出すことも容易になった。これは地味に効く。両替所を探す手間、レートを読む緊張感、現金を大量に持つ怖さ。こういう「旅のノイズ」が減る。旅のストレスが減る。ストレスが減ると、旅は繰り返し可能になる。つまり観光が「特別な一回」から「繰り返す消費行動」へ寄っていく。
観光が産業として巨大化するには、繰り返し可能であることが重要だ。デジタルはそこを整備した。
- ライドシェア: 交渉や言語、安全性の不安(摩擦)を削ぎ落とし、移動の心理的障壁を消滅させた。
- 決済のデジタル化: 両替の手間や現金の恐怖といった「旅のノイズ」を排除した。
- 消費のサイクル化: ストレスの軽減により、観光は「特別な一回」から、日常的に「繰り返す消費行動」へと進化した。
口コミと翻訳が、旅の意思決定を変えた
SNSやGoogle Mapの口コミは、店選びや観光地選びの精度を上げた。外れを引きにくい。営業時間、混雑、予約の必要性、実際のメニュー写真。昔なら現地でしか得られなかった情報が、旅前から手元にある。
ここで起きているのは情報格差の崩壊だ。土地勘がある人、現地語ができる人、旅慣れた人が持っていた優位性が、プラットフォームによって配布される。旅は「知っている人の特権」ではなくなりつつある。
翻訳アプリも同じ構造だ。言葉が違う者同士が、最低限の会話を成立させられる。店で注文できる。道を聞ける。トラブルの説明ができる。これは旅の安全性を上げた。旅が怖くなくなると、旅は増える。観光の市場が広がる。
さらに、ITやWeb、SNS、YouTubeが、旅の方法そのものを学習可能にした点が大きい。昔は旅のやり方は暗黙知だった。いまは体験記が膨大に蓄積され、検索すれば手順が出てくる。空港から市内の移動、SIMの買い方、現地交通、注意点、詐欺の類型。旅が技能から一般知へ移った。
つまり、旅が「できる人のもの」から「誰でも再現できるプロセス」へ変わった。その瞬間に、観光は新しい産業として伸びる土台を得た。
- 情報格差の崩壊: 口コミの可視化により、現地の土地勘や語学力という「特権」がプラットフォームによって全ユーザーに分配された。
- 安全性の向上: 翻訳アプリやネット上の「体験記」により、旅のやり方が暗黙知から「検索可能な手順」へ移った。
- 再現性の獲得: 旅が「特殊な技能」から「誰でも再現できるプロセス」になったことで、市場が巨大化した。
LCCが旅をプロダクトにし、行動の回数を増やした
LCCは旅を安くした。だが、それ以上に旅を「プロダクト化」したと思う。予約はアプリで完結し、チェックインもシステム化され、ルールは明文化される。旅は儀式ではなく手続きになる。
安いから回数が増える。回数が増えると、旅は上達する。上達すると、さらに旅に出やすくなる。旅が自己増殖する。観光需要が加速度的に膨らむ背景には、この循環がある。
- LCCは旅を安くしただけでなく、手続きをシステム化し「儀式から手続き」へと変えた。
- 旅が日常のプロダクト(製品)になったことで、反復回数が増え、旅人の習熟度が上がるという「自己増殖」のサイクルが生まれた。
未来として見えているもの、同時に問題として感じるもの
この新しい観光が生む未来はいくつかある。
FITは増える。団体ツアーは減る。団体が消えるわけではないが、中心ではなくなる。個人が自分で旅を組める以上、「全員同じ工程で同じ場所へ行く」モデルは縮む。観光の主語が企業から個人へ移る。これは旅行業界の構造変化でもある。
グローバル化も加速する。インバウンドの増加が物語っている。人の移動が当たり前になると、地方の観光地にも世界が来る。経済効果はある。ただ、住民生活との摩擦も増える。混雑、マナー、住宅価格、交通。オーバーツーリズムは、デジタルの勝利が生んだ副作用だと思う。
そして最も残念なのが地政学リスクだ。世界がきな臭い。ミャンマー、イスラエル、シリア、ベネズエラ。戦争や内戦、制裁は、この新しい旅行業界を一瞬で抹殺する。航空路線が止まり、保険が効かず、決済が途切れ、通信やサービスが機能しなくなる。観光がデジタルに依存するほど、断絶もまた急になる。
だからこそ、世界を知り世界を語れる人物が求められると思う。旅が誰でもできる時代だから、差は経験の量ではなく解釈の質に出る。どの地域で何が起きていて、なぜ危うく、なぜ魅力的なのか。観光が情報産業になった以上、編集者のような人間が必要になる。
その延長として、言語は武器になる。たくさんの言語を覚えると良い、というのは精神論ではない。現地のニュースを直接読み、現地の価値観に触れ、相手の言葉の速度で理解するための道具だ。翻訳アプリは強いが、翻訳では拾えない温度がある。その温度が旅の核心になることがある。
- 主語の変化: 団体ツアーからFIT(個人旅行)へ、観光の主権が企業から個人へと移行する。
- 光と影: グローバル化が地方を潤す一方で、オーバーツーリズムという副作用も生じる。
- 地政学的な脆弱性: デジタルに依存した新産業は、戦争や制裁によるインフラ切断に対し、極めて脆い(一瞬で抹殺されるリスク)。
- 「編集者」の必要性: 誰でも旅ができる時代だからこそ、経験の量ではなく、背景を読み解く「解釈の質」と、翻訳機では届かない「言葉の温度」を扱える人材が求められる。
結論としての観光、新産業としての観光
観光は昔からあった。だが、現代の観光はデジタルによって再定義された。スマホ、地図、通信、OTA、チケット、現地ツアー、ライドシェア、決済、口コミ、翻訳、体験記、LCC。これらが束になって、旅を別の行為に変えた。
いま起きているのは、観光の近代化ではなく、観光の産業構造の入れ替えだと思う。旅が平和の上に成り立つ以上、世界情勢に脆いという欠点も抱える。しかし同時に、旅は世界を理解する速度を上げる。観光という新しい産業を、消費だけで終わらせず、学習と相互理解の方向に使えるかどうか。次の時代はそこが問われる。